【崩壊】三豊百貨店崩壊事故!

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客で賑わうデパートが崩壊

1995年、今から22年前の韓国のソウルで営業中の5階建てデパートが突然崩壊した。

デパートは約1500人の客で賑わっており、多くの人が悲劇に巻き込まれた。
建物は完成から6年目で、比較的新しい建物だった。

“ Wikimedia Commons 三豊百貨店 ”

死亡者数502人
重軽傷者人937人
行方不明者数6人

まれにみる大惨事に、世界中のマスメディアがトップでこの事故を報道した。日本でも報道特別番組が組まれた。

崩壊の予兆

崩壊のその朝、警備員は屋上から奇妙な音を報告している。
管理者が屋上を視察すると、屋上にはひびが入っていたが、これは以前に冷房装置を引きずった後であり、重視されなかった。

デパートの営業が始まると、最上階の柱の回りに亀裂が走り、床が陥没しているのが発見される。
しかし営業は続けられた。
屋上からは不審な音と共に建物が揺れ砂が落ちてきたという。




 轟音を立てて崩れる三豊百貨店

1995年6月29日17時57分、突然に建物が崩壊した。わずか20秒で建物は崩壊した。

死亡者数502人重軽傷者人937人行方不明者数6人。レスキューや消防隊員、警察が救助にあたる

両脇だけ残った建物のエレベータで間一髪助かった幸運な男性

韓国のテレビは救助の模様を24時間中継で放送した

救助は夜通し行われ、翌朝までに200人の生存者が救助された

崩壊事故現場では徹夜救助作業が行われた

混乱した事故現場では行方不明の親族が続々とあつまり怒号と叫び声があがっていたという。

350人を超える行方不明者の家族が1995年7月3日午後、待機場所であるソウルのシフト体育館の壁に、行方不明になった家族の個人情報を張り付けニュースを待っている

三豊百貨店崩壊事故の原因

当初この建物は、建設される時には経営地上4階・地下4階建てのオフィスビルになる予定だった。
しかし建設途中でデパートにすることに変更され、さらに4階建ての建物を5階建ての建物に無理矢理変更された。
そのために、柱に無理な負担が掛かることになる。ほかにも崩壊の原因がある事が判明した。

  • 5階のレストランは床に直接座る方式であり、床暖房のパイプを通すため、コンクリートの使用量が増加した。
  • 1993年に屋上で87トンの大型冷房装置をローラーで移動させたため、屋上や5階に負荷がかかり強度が低下した。
  • 事故発生前年の1994年には当局に無断で地下売り場の増設工事を行い、これがさらに建物の強度を弱めた。
  • 従業員は前日に天井のひび割れに気づいており、当日にはさらにひび割れが広がっていたので上司に報告したが、社長及び経営陣は緊急会議を開いたものの、「閉店後に補修すれば問題ない」と営業をつづけた。



人災事故 二度と事故が起きないように

崩壊は人災の面が大きく、建築会社だけでなく経営陣の責任も追及された。
百貨店の会長と社長ら幹部3人は業務上過失致死傷容疑で逮捕された。
会長は懲役10年6ヶ月の刑を受けて、全財産を没収された。2003年10月に病死

区長は三豊百貨店の3度にわたる設計変更と仮使用許可を承認した見返りとして、三豊百貨店側から1300万ウォン(約150万円)の賄賂を受け取ったとして、収賄容疑で逮捕されている。

良才市民の森では、事故が二度と起きないことを祈った慰霊碑が建てられている。

慰霊塔(良才市民の森)

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